いわゆる人口ピラミッドの左右半面の横向き棒グラフのひとつを半径とし、グラフ0点を中心にして立体方向に起こしZ軸まわりに360度回転させる(下図の茶色の部分)。するとその軌跡から棒グラフの縦幅を高さとする低い円柱ができる。その形状の見た目は円柱というより円盤になる。もとの棒グラフを1年齢でとれば、円盤には1年単位で同齢の人が乗っていることになる。下に示した写真の円盤はそれをイメージした造形である。
日本の場合、たとえば2020年の値でいえば円盤の平均搭乗人数はおよそ120万人であった。一番大きい円盤は72歳号で、乗客数は209万人であった。太平洋戦後3年経った1948年生まれである。この円盤、出発時の搭乗数は268万人であった。近頃新たに出発する円盤より3倍以上大きかった。だから、小中学校も今の3倍必要だった。が、さすがにそれはできず、クラスの座席数を45以上にし、校庭にプレハブ校舎を建て1学年のクラス数を10や20にして対応した。
この円盤、今は後期高齢域にまで上昇している。それでも出立時の77%が搭乗中である。むろん、これはこの歳に特殊なわけではない。この前後数年の円盤はいずれも大所帯、いわゆる団塊の世代である。他方、搭乗数が一番少ない円盤は1名乗りである。最高齢の117歳号(この方、田中カ子[かね]さんはこの先2年搭乗され、その高さ119まで上昇された。この記録はその時点で日本最高、世界でも2位であった、ちなみに2023年現在で世界での最高位は122歳)である。ただこの事実をみて、「人間、長ければ120年も生きられるのか、、」とつい思ってしまうが、これはむしろ100万分の一といった例外事態を伝えている。
この先端とは逆の端、0歳児が乗っている円盤に目を転じる。ここは72歳号以下では最少の搭乗数でその数は83万人。近頃は毎年搭乗数の減少がつづいている。高齢者層で0歳号と数が同等になるのは86歳号の81万人である。86歳といえば、日本男性の平均寿命81歳(2022年)をずっと超えている。この事実からも現況の新生児の稀少性がうかがえる。
さて、この円盤を0~99歳号(この最頂部の搭乗数は4万4千人)まで100機積み上げるとピラミッドならぬ人口円塔ができる。展覧会では2021年10月時点でのデータを用いてそれを三次元CGの動画で制作して展示した。
動画は天から降りた円塔が世界各地のシーンを巡り、再び天に戻っていく一日の旅のイメージで31分間ほどの尺に制作した。CGムービー制作については素人であったが、blenderというとてつもなくすぐれたフリーソフトとappleのfinalcutでappleが好きな宣伝文句そのままに驚くほど見事な動画ができた、と思われる。少なくとも制作者自身は自分でみて感動した。もっとも数年前ではこの制作は個人保有の機械では不可能だったことも実感した。レンダリング作業にはappleのシリコンベースのGPU演算で2台を並行させて制作したが、動かしっぱなしで18日間要したからである。ここではそのワンシーン(約40秒:音声なし)を載せた。
この円塔をみると最上部はきれいな円錐状の形状を呈している。これは70歳代、団塊世代までの部分である。その下には団塊ジュニアを裾とするもうひとつの円錐が組み込まれている。さらに全体の下半分を構成する底部は植木鉢型の逆ピラミッド構造が組みあわさっている。
もうすこし細部をみておけば、最頂部99歳を超える100歳以上は表示上の都合で省略してある。その部分を含めた総人口は1億2550万人。最上部の円錐が底部でくびれているところは太平洋戦争開戦時、その後戦時中の出生数には減少がなかったことがわかる。敗戦直後の2年間はさすがに大きな出生数の落ち込みがあり、その後の数年は一気にベビーブームに転じて団塊世代を形成し、人生命塔で最も大きな円盤となっている。
その後、1950年代の戦後復興期は次第に出生数の減少が続いたが、東京オリンピックの開催や東海道新幹線の開業に象徴される60年代の高度経済成長期は出生数も再び増加に転じた。この期間の1966年は丙午の年にあたり、マスコミの影響もあってか前後の年に比較して30〜40万人規模での出生数減少に見舞われた。つぎの丙午はもうすぐ2026年だが、出生数が上昇基調にあった前回とは反対に今度は少子化が問題になっている時期だけに受けとめられ方が憂慮されている。
1970年の大阪万博を経て間もなく、団塊世代のジュニアが誕生し、第二次ベビーブームが起きた。円塔を構成する二番目の円錐の裾部分である。ここをピークとしてその後は現在に至るまでおよそ50年間、出生数は減少の一途をたどっている。この円塔の最底部2021年の出生数は83万人であった(翌年は80万人を割り、2023年推定値はさらなる減少を示している)。
数の様子から離れ、この人生命塔の全体形状をあらためて眺めてみる。蓋付きの縄文土器を思わせるような複雑でどことなく魅力的なかたちを呈している。しかもこれがこの国に今生きている人たちの、その命の数量的なありようから現出したかたちであることを思うと、なにやら神々しさと畏敬の念さえ抱くことにもなろう。
少なくとも制作者自身はそうであった。CGで円塔を周回しながらここに1億2千万超の命を観じていると、1年ずつの年を経るごとにこれを構成しているそれぞれの円盤が例外なくいずれも形状を縮小しつつ、徐々に一段上へと昇っていくさまが浮かんできた。その縮小度合いは上部域に向かうほど強まり、最上部の圏内ではまさに時々刻々と天へと溶け込むようにそのかたちを小さくしている動態が幻のうちにみえてきたのであった。
そうしたこともあって、この構造体をCGで表現するときに、円塔の見え方の素材をなににしたら適するのか試行錯誤した。生命の動態をあらわすべく、有機体様の柔らかな肌や水分の内包を感じさせるコロイド状など、いろいろ試した。しかし、いずれも軽みが先に立ってしまい命の重さやその集合体としての崇高性や威厳が感じられないというもどかしさが残った。そうしたなか思いついたのがS・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』で登場したモノリスであった。あの無機質で不可思議、圧倒的な静寂性と畏怖に充ちた存在感は、映画のなかで対極に描かれる人間や生命の営みを異化して、かえって生命感を鏡面的に際立たせることに成功していたように感じていた。そこでこの人口円塔もむしろ無機質で磨かれ輝く金属のように映し出すことによって、これが語りかける意味あいがかえってうまく伝わるのではないか、と思うにいたった。果たしてそうしてみると、その狙いは少なくともゼリーのような姿よりは的に近づけたように思えたのだった。
この異化効果をさらにうまく発揮させるには、人間の生の姿を映し出しているこの構造体に生命の必然である誕生と死去の動態を加えることが必要であった。この人口円塔があらわすわが国では毎日およそ2000人が生まれ、その倍のおよそ4000人がこの世を去っている(2022年の年間確定数で記せば、死亡数1,521,435人、出生数782,089人)。平均すればわずか一時間のうちに89人が産声をあげ、173人が息が引き取りつづけている。これがまさに生命現象、生きる=命ということの無常、動態の現実である。この事実から、円塔への入出の様子は、はかなくて尊い命をあらわすものとしてやわらかな光輝を放つシャボン玉が素直にイメージできた。それが実態そのままに猛烈な勢いで無機的、硬質にみえる構造体の最底部に入り込んでいき、他方、その同じ円塔からは上部にゆくほど勢いを増すかたちで、倍量のシャボン玉が天上へと湧出している様子を描き出した。
人口ピラミッドと称されてきた平面棒グラフの形状は実にシンプルに事実を描き伝えるすぐれたデータ表現の代表例といえる。それだけにこの人生や命の営みの実際をさらに拡張して表現し、それをアートとしての象徴性や崇高性、美へともつながる可能性を開いてみたときに、そこから知り、感じ受けることができることの幅は一層大きなものになるのではないか。ここではその試みに挑んでみたのであった。